私はホルチン沙漠に生まれ、そこに23年間生活しました。小さい時の記憶には豊かな牧草地と雨上がりの太陽の下に鏡のように光る雨水の溜まり場があり、その間を往来する牛、馬の群れが続きます。春になると何十種類の野花が競い合う様に咲き、水溜りの周辺、丘、何から何まで綺麗な花の衣装と飾りをつけます。春には野鳥の卵を探し、秋になると水溜りから水溜りを結ぶ小川で明け方まで魚とって遊びました。お婆さんの家までの一里の道のりには狐の出る穴、鶏を狙う鷹がいつもいる木、枝を触ってはいけないとされた祭木など沢山の思い出がある。
しかし、その風景がたっだ20年で一変し、緑あふれた思い出が砂嵐に埋められました。1994年日本留学の報告をしに実家に戻った私が目にしたのは、移住を命じられた人々の大移動でした。家を解体し、親子、親戚が離れ離れになり、泣きながら先が見えない長旅を余儀なくされた彼らの風景は私の目に焼き付きました。自動車も入れなく、馬車も動かないため不便と思っていた沙漠について、その恐ろしさを一層実感させられた出来事でした。そして、私は1999年9月に初めてホルチン沙漠ナイマン沙地において、現地受け入れ体制についての調査を行いました。その後、2000年2月に宮城県地球夢くらぶ副会長佐々木修一氏を初め計三名が現地調査を実施しました。これが、同年5月に植林協力隊を派遣することにつながり、沙漠化防止植林の記念すべき一回目となりました。
私は今回の活動を経て継続の必要性と自分一人の精力の限界を感じた。そして、5月に地球夢くらぶ阿部惇会長、GEOオーガナイザー高野靖子氏の多大な支援と助言を得て「内モンゴル沙漠化防止植林の会」を設立した。副代表を端川宜子さんが、事務局の多忙な仕事を増田尚子さんが引き受けて下さいました。
植林活動に関する記事が朝日新聞に掲載されたのは6月10日でした。これをきっかけに更に多くの人々の激励と支援を頂きました。記者の高橋さんが8月予定されていた協力隊のことも記事に加えて下さり、会が設立して二回目の協力隊20人がナイマン沙地に植林活動を行う予定です。
組織つくりに色々助言とアドバイスを下さった西敬史さん、宮木一平さん、矢野明子さん有難うございました。そして、事務所を貸して下さっている八尾緑先生に心から感謝を申し上げます。
内モンゴル沙漠化防止植林の会
代表 B.セルゲレン
2000年7月11日
home|私たちの活動指針|沿革と実績|活動報告|活動予定|メディア掲載実績|植林の会概要|News & Topics|Photo Gallery
設立にあたって|モンゴル人から見た砂漠化|苗木募金のお願い(会員募集)|カーボンオフセット(法人の方)|カーボンオフセット(個人の方)
私たちの活動は独立行政法人 郵便貯金・簡易生命保険管理機構「国際ボランティア貯金」、国土緑化推進機構「緑の募金」、イオン環境財団、
東京交際交流基金、高木仁三郎基金のご支援いただいております。